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◇◆◇◆◇◆

 

 思いついたことは早急に行動に移す。それがキタザワシホという人物の性格のようで、チハヤと初めて会った夜も、彼女が「サイバーポリスに対抗するための武器を作る」と思い立った翌日のことだった。

 そして今――シホがエレナとログ探索に出かけた翌日――も同じだった。

「これは……」

 テーブルの上に整然と並べられた何丁もの銃。真新しいものから錆び切ったもの、弾丸充填式のものにレーザータイプのものまで、ありとあらゆる種の銃が揃っており、中にはサイバーポリスのマークが付いたものもあった。

「ここに保管されてた銃を片っ端から持ってきたの」

「こんなに並べて……どうするんですか?」

 不安げに顔を覗き込んでくるツムギに、シホは一番近くの銀色の銃を拾い上げ、自信ありげに顔元で構えてみせる。

「何って、私たちはもうレジスタンスなのよ? 銃くらい、ちゃんと扱えるようにならないと」

 そのままシホは、手にした銃をツムギの方へ差し出す。鈍くそれでいて鋭い輝きを前に、ツムギの手は取る前から震え、銃をおそるおそる指先で掴むものの、その力は弱くシホが手を離した瞬間に滑り落ちてしまう。銃同士が衝突し響く音に、ツムギは余計に肩を震わせ腰を抜かしてしまう。

「シホ。ツムギを怯えさせちゃダメ」

「怯えさせるつもりなんてないわ。むしろ、これくらいで怯えてちゃ話にならない」

 責めるように見つめてくるシホの視線にツムギはたじろぎ、慌てて落とした銃を拾い上げようと両手を伸ばす――が、ミズキの細く力強い腕に遮られてしまう。

「レジスタンスだからといって、皆が皆戦闘要員というわけじゃない。適材適所という言葉がある。エレナさんみたいに、バックヤードで働くという道もあるかと」

「でもエレナさんだって、銃の扱いはお手の物よ? バックヤードだっていつ襲撃されるか分からない、二人とももっと危機感を持つべきよ」

 ミズキとシホが互いに睨み合い、ツムギがいつものように口をわなわな震わす中、間を割って入るようにアリサがテーブルの上の銃の行列を覗き込む。一番近くの銃を指し示すように指先でつつき、横を向いてミズキの表情を伺う。

「アリサ、これは銃ですよ。いや、ピストルの方がいいのかな、それとも……」

「ちょっと、今それは関係ないでしょ!?」

 シホが鋭く尖った視線でアリサを見下ろすが、アリサはぼんやりとした瞳のまま、声を発したシホの方を眺めるだけ。その態度に、シホは余計に眉間を皺寄せる。

「関係ないことはない。何か聞かれたから答える、当然のこと」

「何も言ってないじゃない!」

「言葉にしなくても分かるよ。アリサが、これを気にしてるってことくらい」

 ミズキがアリサに微笑みかける。アリサはやはり表情は変えないものの視線だけはちゃんとミズキの方に動かし、それを受けてミズキは満足げに頷く。

「……何よ」

 彼女には、それが耐えられなかった。

 そこにいるのが、憎きアンドロイドだから。

 そこにいるのが、ずっと一緒に暮らしてきた親友だから。

 よりにもよって、親友がアンドロイドと仲良くしようとしているから。

 だから、彼女は引き金に指をかけた。

「いい加減にして! 機械相手にそんなごっこ遊びして、何になるっていうの!?」

 シホは腕を強く伸ばし、アリサに小型のレーザー銃を向けた。銃口は小刻みに震え、機械の眉間を捉え切れていない。奇しくもサイバーポリスのマークで飾られたその銃口を、アリサはただじっと見つめ、後ろのミズキは大きく目を見開く。

「スクラップ同然のただの機械でしょ、そんなのに気持ちもココロも何もないわよ! 話しかけたって何の意味もない、あなたは何がしたいの!?」

「……機械じゃない、仲間」

 銃口に立ちはだかるように、アリサを庇うように、ミズキの身体は自然とシホの前へと動いた。銃口の震えは大きくなり、その震えを抑えようとシホは歯を強く食いしばる。

 そんな彼女を見つめるミズキの瞳は、透き通るほどに凛々しく、どこまでも優しかった。

「たとえそれが打算的なものであったとしても、チハヤが必要だと考え、役割を与えた以上、アリサも私たちの仲間。仲間を助けることは、何も不自然なことじゃない」

 そうだよね、ツムギ。ミズキが後方に少し目くばせをする。

「は、はい。ミズキの言うとおりだと……」

「役割って言ったって、何一つはっきり決まってないじゃない。今の時点で何かできるようにも見えない。じゃあ何、チハヤが要らないって言えば仲間じゃないってこと? 何もかも曖昧で漠然で出鱈目じゃない! 私たちはもうレジスタンスになったのよ、そんな甘い気持ちじゃこの先生きていけるかどうかも分からない。そんな気持ち、その機械と一緒にさっさと捨てたら!?」

 そうでしょ、ツムギ。シホがぎろりと後方を睨む。

「……シホの、言うとおりかと」

 ツムギの目線は弱々しく床に落ちてしまう。重い空気がのしかかり、シホの冷たい銃口が突き刺さる中、ミズキだけは決して目を背けなかった。

「役目がなかったとしても、アリサは私たちの仲間だよ」

「いい加減にして! どうしてあなたはいつもそうなの、ミズキ!?」

 銃口がアリサの方向からミズキの方向へとわずかにぶれる。銃を持つシホは瞼を強く閉じ、銃を向けられたミズキは強かな瞳でそれを受け止める。シホの指が、引き金に触れ――

 ――き。

 る寸前。それは、おそらく声だった。

 ――ず、き。

 文字を指でなぞるような、たどたどしい声。それはおそらく声だったが、その場にいる誰の声でもなかった。ミズキは思わず周囲を見渡すが、当然前方のシホのものでも後方のツムギのものでもない。しかしそれは、声としてミズキの鼓膜を揺らしていた。そしてミズキは、その発生源が自身の傍らにあることに気がついた。

「みず、き」

 ミズキの裾を指でつまみながら。ミズキの頭の方を見つめて。それは、声を出していた。

「みず、き」

「……アリサ?」

 ミズキは目を見開く。確かに、アリサの口が動く様子がしっかりと見えた。それと同時に、たどたどしく自身の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「アリサ、もしかして私のことを……」

「みず、き?」

 ミズキは腰を少し屈め、顔の位置をアリサと合わせる。アリサは疑問符を浮かべるように首を傾げ、忘れまいと頭に刻み込んでいるかのようにミズキの名前を何度も繰り返していた。先ほどまで張り詰めていたミズキの表情が、徐々に緩んでいく。

「はい、そうです。私は、ミズキです」

「みず、き」

「彼女は、ツムギ」

 ミズキが後方を指し示すと、アリサの首も後ろに振り返った。

「つむ、ぎ」

「はい、ツムギです。よろしくお願いします」

 ツムギがぺこぺこと頭を下げると、それに合わせてアリサもゆっくり会釈する。顔を赤らめるツムギに、互いに何度も頭を下げるツムギとアリサに、ミズキは思わず小さく噴き出してしまう。

「言葉を発して、理解している……これは大きな進展だぞ」

 アリサの視線は、今度はシホの方を捉える。シホはレーザー銃を構えたまま、しかし目の前の出来事が飲み込めずに指先一つ動かず固まっている。

「彼女は、シホです」

「……う?」

 首を傾げながら見つめるアリサに、シホはようやく我を取り戻して銃を持つ腕に力を加える。が、程なくその腕をだらんと下げて、わざとらしく大きな溜め息をついた。

「……もう、いいわ。ちょっとヒステリックになってたのかも」

 そのまま首を垂れると、ミズキたちの方を一瞥することなく、全身を引きずるようにのっそりと歩き始めた。

「どこに行くの」

「どこにも。ちょっと休むだけ」

 ゆっくり離れていくシホの背中を、アリサの目が捉える。シホの背中目掛けて左腕を伸ばして、

「しー、ほ?」

 シホは振り向き、相変わらずぼんやりした瞳を受けて、今一度拒むような溜め息をこぼす。

「認めたとか、そういうのじゃないから。捨てるならいつでも捨てられるし」

 吐き捨てるように呟いて、シホは再びのそのそと歩き出す。ミズキは彼女の背中を、言葉も絞り出せず呆然と見送っていたが、ふとアリサの目が自分を捉えていることに気づいた。

「みずき」

「どうか、しましたか」

 名前を一回はっきりと口にし、今度は首を傾けることもなくただじっとミズキの顔を見つめている。逆にミズキの方が首を傾げていると、アリサはゆっくり目を瞑り、瞼を開くと同時にミズキへとそっと右腕を差し出す。

「みずき」

 シーッ、と奇妙な音が鳴り、アリサの二の腕からじわりじわりと何かが現れ始めた。ゆっくり、ゆっくりと顔を出していき、音が止んだと同時にひらりと落ちたところを、ミズキは慌てて両手で受け止める。

 ミズキの手のひらの中には、一枚の紙があった。葉書に満たないほどの大きさで、何かの絵が映し出されていた。きょとんと首を傾ける、ミズキの顔。

「――――離れて」

 鋭く駆け抜ける声。その方を向くと、シホが先ほどの殺気を取り戻して、両手でレーザー銃を握ってアリサへと構えていた。

「シホ!? 急にどうして――」

「今すぐそいつから離れて。そいつは、『戦争の道具』よ」

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